みなさま
いよいよ本日、養徳小学校プールで、第三者調査委員会による事故の再現検証が行われます。先日お願いしていた参加人数は、昨日の深夜になって69名ちょうどとなりました。
ご参加くださるみなさま、募集に奔走してくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました。
再現検証には、両親としてはいろいろな思いがありますが…
委員会設置前から熱望してきたことですので、実現したことはともかくとてもありがたく、実施を決めてくれた委員会にも、自主的に応募してくれた参加者の保護者とお子さんにも、心からの敬意と感謝を表したいと思います。
この検証について、精華大学の准教授、住友剛先生がフェイスブックにコメントをあげてくださっています。第三者調査委員会の設置に多大なご尽力をいただいた方、私たちをいつもサポートしてくださる方です。
そのコメントを、今日はご紹介しますね。再現検証の必要性と、その意味をわかりやすく書いていただいていると思います。
長文になりますが、ご一読いただければ幸いです。
過去の学校での死亡事故事例では、こうした事故原因の究明のために、実際に当日の様子の再現など、検証作業を行うこと自体がきわめて異例のこと。
それこそ、学校関係者や他の保護者などがいろんな懸念を示すために、当日の様子の再現などを躊躇し、結局、やらないまま終わることのほうが多いように思います。実際、遺族側が「子どもを交えた形での事故当日の様子の再現を」と求めても、他の保護者や学校側に断られたケースもあります。その場合、たとえば「参
加した子どもの心理的ケアをどうするのか・・・」とか「もしもなにか、当日のつらいこと・悲しいことを思い出したらどうするのか・・・」とか、事故原因の 再現作業については、こうした懸念がよく表明されます。
その一方で、こういうコメントを学校関係者や他の保護者から聞くたびに、遺族側は「まわりの子どもは再現作業でつらいことを思い出しても、その後のケアができるかもしれない。でも、亡くなったうちの子どもは、いくら再現作業をしてももどってこない。そして、せめて事実関係を究明して再発防止をしてくれないと、また似たような事故が起きるのではないか。それでいいのか・・・」と、またそこでつらい思いをすることも出てくるではないかと思います。
ただ、よくよく考えてみると、事故経過の再現作業だけでなく、死亡事故・事件発生後の聴き取り 調査でだって、よく考えたら、子どもたちにつらい出来事を思い起こさせる「再現」のリスクを抱えています。でも実際には、たとえば聴き取り調査の場面など においては「あのとき言えなかったことを、思い切りここで言えてよかった」「ほんとうは言いたかったこと、いっぱいあるんだ」というような子どももいます。
あるいは、再現作業の前後の子どもや保護者の様子をよく確認し、必要なケアを行うことで、「再現」に伴うリスクをある程度まで抑えていくこともできるのではないかと思います。
そして、いろんな課題やリスクはありながらも、それを解消したり緩和したりする手立てを編み出して、この再現作業の実施というハードルをクリアしていくこと。それができなければ、学校事故・事件に関する原因究明作業というのは、今のレベルを越えることはなかなかできないのではないか・・・とも思います。
そこから考えると、私としては、上記のようなリスクをかかえたり、準備が不十分な面を抱えながらも、現場での検証作業を「やってみよう」とふみきった第三者委と、これに協力しようという他の保護者たち、子どもたちの意志に、まずは敬意を示したいと思います。
その上で、このような再現作業の結果、もしも何かつらいこと・悲しいことを思い出した子どもや保護者が出てきたら、そのつらさ・悲しみなどを、あらためてこ の作業に参加したみんなで共有すること。それがまずは、大事なことなのではないかという風にも思います。それこそまさに、こうした検証作業を通じて、死亡 事故という起きてしまった悲しい出来事にみんなで向き合っていく、ということですから。
このような次第で、私としては今後も、他の保護者や子どもが学校・市教委とともに第三者委の調査に協力していくための支援は惜しまないつもりですし、その準備作業として、市教委の担当者とともに保護者説明会に も、第1回の第三者委にも出ました。第三者委からの協力の要請があれば、私はいつでも出ていくつもりでいます。
以上です。
住友先生、あたたかいメッセージをありがとうございました。